蜜月まで何マイル?
     “真夜中の 海の底”
 



 
   ………………あや?



 一瞬。状況が判らなくて呆然とする。ただでさえ危険極まりない今の時代の大海原の、かてて加えて“グランドライン”という危険な世界に身をおく立場の人間が、長生きしたけりゃそれなりに忘れちゃならない“緊迫感”というものには…残念ながら縁がない、至ってお暢気な船長さん。目が覚めたと同時に、まずはその身を置かれた周囲の状況を素早くまさぐるとか、何かしら思い出そうと躍起になるだとか。とにかく頭の立ちあげに全力を降りそそぐという、大原則は…これまでにも一度として守られた試しがないし、今もまた思い出されもしないらしいから、その辺りは相変わらずで。
(苦笑) 本人や周囲の人間たち曰く、


  ――― 真剣本気でそうすることが必要な事態の只中に本当に置かれたならば、
       そこではちゃんと反射が働くらしいから、
       まま、今のところは問題はないのではなかろうか。

     ………おいおい。
(爆)


 まあ、確かにそれは今更だから置くとして。
おいおい 朝でもないのに、誰かに呼ばれた訳でもないのに、中途半端な時間だろう真夜中に目が覚めた船長さん。

  “あでぇ〜〜〜?”

 トイレに行きたい訳でもないし、お腹は………空いてるのか?と聞かれたらそんなでもないながら、何かあるなら食べても良いかなという、いつもの臨戦状態で。
『だから。フツーはお腹がじゃなくて意識が、そういう“臨戦態勢”でなきゃいけないってのに。』
 驚くほど悪運が強いから、これまでは何ともなくて済んでるけれど。ったく、しょうがない奴よね、あんたはもうと。ナミがいつも呆れるお暢気な船長さんだが。そんな食欲と並ぶくらいに、こんな時には特に満たされてないと不安になる“要素
もの”がある。
“…んっと。”
 窓なんてない船倉の部屋。濃密な漆黒に満たされているのは、今が真夜中だからでもあって。怖いものなしな筈が、唯一、船や海の上の闇だけは何となくおっかないルフィさん。目覚めた時にお腹や胸元に何とか掛けられてあった毛布を頭からかぶると、体中を余さず覆い隠すようにと、あちこちぐるぐると巻きつけながら身を起こし。先程までの おおらかにして大胆な寝相とは大違い、小さく小さく縮こまりながら、夜陰に沈んだ周囲を窺いつつ、ベッドの上をごそごそと撫で回し始める。毛布にくるまれたまんま、まるでシーツのしわを伸ばすよに、ベッドの隅から隅までを隈無く探って…その手が止まったのが、3回目に枕の下をまさぐってから。

  “………いない。”

 う〜ん。久々ですな、こゆシーン書くの。
(苦笑) そんなにも広々としたベッドでなし、しかも“相手”は結構な図体をなさってる御仁なのだからして、そうまで念を入れてまさぐらんでも、すぐにも“不在”は判っただろうに。もしかして…と一縷の望みをこそ探したいかのように、その小さな手でベッド中を撫で回してみた小さな船長さん。念を入れたがために…これ以上は取り繕いようがないほどしっかりと、彼の不在を確認し尽くしてしまって、
「うう…。」
 今やすっかり慣れた環境音であり、気にさえ留まらなかった筈の船の軋みにぎくりとし、小さな肩を縮めては、毛布の中でお膝を抱える。真夜中の漆黒は、部屋の隅という輪郭さえぼかして。形のないまま、なのに圧迫感はあるようで…何にしろ落ち着けない。
“ぞろぉ…。”
 ちゃんと一緒に寝た筈なのにな。そりゃあ…昨日は昼間に2つほど海賊との乱闘があったりしてサ。戦利品
(ファイトマネー) にって“貰った”ものの中に、面白いゲームや珍しいものが一杯あったから、ちょっとばかり興奮冷めやらずになっちゃって。いつもより遅くまで起きてた反動でか、あのその、何にもなしで寝ちゃった訳だけれどもサ。
“サンジのとっかな。”
 お酒を飲みにって出掛けてるのかな。そういや綺麗なビンに入ったお酒とかも、沢山“貰って”たもんな。気のせいかな、ちょっと寒くなって来たよう。ゾロの分の毛布もよじよじと引き寄せて頭からかぶって、少しでも暖かくなったら眠くなるのにって頑張ってみたのだけれど。
“ふみぃ〜。”
 眠たくなるどころか、逆に冴えて来る頭なのが恨めしい。だって毛布からゾロの匂いがするんだもん。夢は見なかったのか、だから…目が覚める直前までくっついてた感触も頬っぺにありありと残ってる、そりゃあ頼もしい堅い胸とか。髪をまさぐってくれてた大きな手のひらとか、身じろぎのうねりが伝わって来て擽ったかった、吐息が直に届いて、良い匂いがしてヌクヌクと温かだった懐ろとか。今ここに何で無いんだようって、切なくなって来たそんなタイミングへ、

  「………お。」

 相変わらずに足音のしない誰かさん。何の予兆もないままに扉を開いて入って来た。自分の気配を殺したままなのは…あくまでも彼にとっての“自然体”だそうで。しかも、こちらの気配はあっさりと判るらしく、
「起きてたのか。」
 ベッドの上には居るものの、安心し切って野放図なまでに伸び伸びと寝てない。むしろその真逆で、警戒してますと言わんばかりに、小さく丸まってうずくまってる船長さんに、ついついと苦笑が洩れる。一言で言うなら、

  “可愛いよなvv”

 ………恋すりゃ何でも光り輝いて見えるのだそうで。端の擦り切れた大きな毛布にぐるぐる巻きになっていて、顔さえ見えないほど埋まってる塊りを指して、内心でとはいえ そんなことを思ってしまい、これほどの偉丈夫が目尻を下げちゃうのだから…恋って凄いなぁ。
こらこら
「ルフィ?」
「何処、行ってた。」
 態度や所作のみならず、言葉でのそれであれ、こっちへの接近を拒むような語調の問いかけに、
「…あのな。」
 おやおやと小さく吐息をついて見せ、
「此処を出たのは ついさっきだぜ。」
 そんなにも長い間を放り出してやいないと、ベッドへ近寄って、端っこへと腰掛けた相方へ。毛布の塊りさん、逃げるように身を引いたものの。ヘッドボードにすぐにも背中が当たってしまい、難なく相手に捕まってしまった。毛布で着膨れていても関係ないと、余裕で引き寄せ、バナナの皮でも剥くように、頭にかかってた部分の毛布だけをぱさりと背後へ撫で降ろす。光の届かぬ、此処は海の底に一番近い空間。悪魔の実の能力者であるルフィが、本来だったなら自力では上がれないような深み。
“…そんなことをいちいち意識はするまいが。”
 そういう少年だ。それも“単純だから”なのか、関心が向いたものにしか頭は回らない彼であり。だとすれば、今はくっきりとこの自分へその注意が集中しているのが、ほろ苦いやら擽ったいやら。腕の中にある温みは居心地が悪そうに身じろいで、それから…。

  「………何か来てたのか?」

 酒の匂いはしないと気づいたのだろう。だったら、何処へ何をしに部屋から出ていたゾロなのか。彼なりのデータベースを掻き回し、次の候補を繰り出して来る。
「ああ。騒ぎが聞こえたか?」
 訊くと“ん〜ん”と小さな子供のような仕草でかぶりを振ったのが判る。髪が鳴ったからではなくて、夜目が利くのでこのくらいはまだまだ漆黒には値しないゾロであり、潤みが黒々と滲み出して来そうな大きな眸だって、実のところは見えている。その目許が、今はちょっとばかり…懐疑的に眇められており、
「ちゃんと追っ払って来たのによ。どうしたよ。」
「う〜。」
「一緒に暴れたかったのか?」
 違うとばかりに またまたかぶりを振って見せ、むずがるように小さく唸ると、こちらの胸元へと凭れて来る。

  ――― なんかさ、ちょっくら遊んで来ましたって顔してる。
       ………おや。

 船長さんだって、剣士さんに負けず劣らずで夜目は利くから。ゾロがどんなお顔でいるのかは良っく見えており、

  「酒飲みに行ってるのも、喧嘩しにって抜け出すのもサ、どっちもむかつく。」
  「何でだよ。」
  「…だってさ。」

 ううと言葉に詰まって、それからね?

  「どっちも俺んコト放っぽり出してのことじゃんか。///////」
  「………おや。」

 俺が寝ちまった後は詰まんねぇってのは判らんでもないけどよ。一人だけで楽しいことにうつつ抜かしてよ。何かそういうのって、俺、詰まんねぇぞっ。むうむうとおでこの真ん中を真向かいになった胸板へと押しつければ。そう言われてもな、お前、よほど冒険がらみでないとこんな夜中じゃ起きねぇし、ちょろっとっていう雑魚どもが相手だってのに、お前が絡むとなると、船ごと掻き回すような大きな騒ぎにしかねねぇだろうがよ。

  ――― 何だよ、それ。
       違うとは言わせねぇぞ。

 何だかんだと悪態をつき合っておりますが。同じ毛布にくるまって、相手の身をぎゅうぎゅうと、自分の身もぎゅうぎゅうと。お互いの腕の中に抱いて抱かれてくっつき合ってのやりとりなんですもの。誰かがもしも覗いたならば、これは間違いなく“睦み合い”にしか見えなくて。

  “そうよね。喧嘩も惚気も紙一重♪”

 微笑ましいことよねと小さく笑ったお姉様も、海の底に間近い空間にてのやりとりへと欹
そばだてていらしたお耳を離し、読んでらしたご本の続きに意識を集中し直して。流れる“時”さえ立ち止まったかのような、静かな静かな夜陰の一角。揉めてた彼らも眠りについての夢の中。単調な調べを繰り返す細波の音だけが、さわりさわりとかすかに響いては綾を成し。未明から朝へと続く黎明の青を迎えにと、そおっとそおっと爪先立ちで、海の上を渡っていったのでありました。



  〜Fine〜  05.2.23.


  *“蜜月まで”シリーズは、弾みがつくと続きますねvv
   根が甘い人間だからかなぁ?
(笑)

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